2016年12月28日

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全5回
米大統領選レポート Part-4
トランプはなぜ勝利したのか

中野晃一(ReDEMOS / 上智大学教授)


アメリカはトランプを選んだのか

2016年11月8日に行われたアメリカ大統領選挙の本選の結果、共和党のドナルド・トランプ候補が次期大統領に選出されることが決まった。事前の調査や予測はことごとく、ファースト・レディー、上院議員、国務長官と長年ワシントンの表舞台で経験を積んできた民主党のヒラリー・クリントン候補の勝利を告げていた。アメリカ建国以来トランプのように軍や公職での経験を持たない政治の素人が大統領になったことはなく、常軌を逸したレイシズム人種差別やミソジニー女性憎悪の言動が知れわたっていたトランプが、よもや当選することはないだろうと多くの人びとが思い込んでいた。それだけに、その衝撃は大きい。アメリカ内外で、アメリカそして自由民主主義そのものに幻滅したとの声さえ聞かれる。

 

では、アメリカはトランプを選んだのかというと、現実には、有権者票popular voteでクリントンが300万票近くもトランプにまさっていたことが明らかになっている。つまり州ごとに有権者票でトップにきた候補が割り振られた選挙人団票electoral college voteを総取りしメイン州とネブラスカ州を除く、その合計で勝敗を決めるという特異な制度がトランプ大統領を誕生させたのであり、有権者による直接投票ならばクリントンが当選していたはずだった。実際、驚異的なことに、クリントンはトランプだけでなく、オバマを除く歴代の大統領候補すべてを上回る得票数を記録しており、これは言い方を変えると、クリントンがこれまでのどの白人男性候補よりも多くの支持を集めたということである。

 

つまり現実には、トランプをアメリカが選んだということではなく、アメリカ人の過半数はおろか、相対多数がトランプに投票したわけでさえない。近年の日本の国政選挙と同様に、アメリカ大統領選挙における投票率も50%程度で低迷することが多く、今回も55%であったことから、実際には登録有権者の4分の1程度がトランプに投票した計算となる。おおよそ4人に1人がトランプを支持したことが、特異な選挙制度の作用によって、初の女性大統領の代わりに、自由民主主義的な価値を真っ向から否定するようなアメリカ大統領を誕生させるという、大きな歴史の分かれ目をもたらしたことになる。

 

では勝敗の分かれ目はどこにあったのか

たびたび敵が多く好感度が低い候補と言われていたクリントンが実際には歴史的な高得票を記録したのは、カリフォルニア州やニューヨーク州などの人口の多い州で圧倒的な勝利を選挙人団制度を考えるとムダに得たことが要因となっているわけだが、それに対してトランプは、つまるところペンシルバニア州、ウィスコンシン州、ミシガン州の3つのラスト・ベルト(Rust Belt)さびついた工業地帯州を僅差で民主党から奪い取ったことで言わば効率よく選挙人団の票数で勝利を収めたと言える注1

 

では、これらの超接戦州で何が勝敗を分けたのか。実は出口調査データは、投票行動を社会的属性したがって分析する目的で集められているわけではないため、正確なことはなかなかわからないが、貧富の差そのものよりも人種の違いがトランプへの投票を説明する要因として有力と見られること、言い換えれば、労働者や貧困層に属するかよりも白人であることのほうがトランプへの投票に密接に結びついたと指摘されている。さらには、こうした中西部のラスト・ベルトの白人票の動向について、過去2回オバマに投票したにもかかわらず今回クリントンから離反した労働者層を含む白人有権者は、トランプ支持に回ったよりもはるかに高い割合で、棄権ないし他候補いわゆる第3政党からの候補者への投票に繋がったという分析も提示されている注2

 

つまり、これまでの分析で見えてきていることは、グローバル経済のあおりを受けたラスト・ベルトの白人労働者層が、ウォール街に近すぎると見られたクリントンに対して反乱を起こし、大挙してトランプ支持に回った、というような単純な話ではない、ということである。クリントンからの離反とトランプへの支持が直結しているというよりは、トランプが、完全なる虚偽を数多く含む差別主義的かつ支離滅裂な言動と政策にもかかわらず、共和党支持層の大きな離反を招かずに済んだばかりか一部の熱狂的な支持層の開拓に成功した一方で、クリントンがラスト・ベルトにおけるオバマ支持者の票固めに失敗したことが、最終的に選挙人団票の獲得レースでの勝敗を分けたものと考えられる。

 

アンチ・リベラリズムの破壊力

実はここに、アメリカに限らずグローバルな規模で、こんにち自由民主主義が危機に直面する構図が端的に表れている。ヘイトや虚言、ニセ・ニュースfake newsをまき散らし、自由や人権、民主主義などの価値規範をあざけり壊そうとする、トランプのアンチ・リベラルの分断統治の手法が、一部の熱狂と少なからぬ保守層の黙認をもって迎えられるのに対して、リベラル側は、クリントンに見られたような現状追認的な生ぬるさを露呈するとたちまち守勢に回り、熱狂的な支持を呼び込むどころか離反をくい止めることさえできずに、実際には少数派にすぎない排外主義的な極右政治勢力に政権奪取の足がかりを与えてしまったのである。

 

イギリスの政治学者コリン・クラウチがポスト・デモクラシーという言葉を用いたが、プレ・デモクラシーすなわちデモクラシー成立以前と異なり、もはや自由民主主義を当然視するようになった先進諸国の人びとは、しかしデモクラシーの内実の不十分さや空洞化に幻滅し、ともすれば自由や人権、民主主義などの理念に血湧き肉躍るような高揚と希望を感じることができずに足がすくんでしまい、その結果、デモクラシーを単なるきれいごととあざけ笑うようなアクターの声ばかりが大きく響くデモクラシー以後の時代が到来しかねないのだ注3

 

  • (注3) コリン・クラウチ『ポスト・デモクラシー―格差拡大の政策を生む政治構造』青灯社

こうした政治力学は、ヨーロッパの数多くの国々でも、アメリカと連動するように作用しており、排外主義的な右翼政党はフランスやオランダ、スウェーデンなどで第3政党の地位を占めるようになったばかりか、連立政治の枠組みのなかでキャスティング・ボートを握ったり、さらには主要政党の座を奪うことを狙うところまできていたりしている。むろん、この現象は、日本の安倍政権や維新の会の成功とも無縁ではない。

 

トランプは、いわば自由民主主義などという王様は裸だと糾弾する、アンチ・リベラルの露悪主義で大統領選を勝ち抜いた。そういう意味では、ポスト冷戦以降、ネオリベラリズムへの傾斜を進め、グローバル資本主義が市井の人びとの暮らしや仕事を破壊することに抵抗するどころか加担してしまったリベラルに対する不満が、トランプ勝利の背景にあることは間違いない。しかし、それはリベラルから離反した労働者や貧困層がトランプに熱狂したというようなストレートな話ではない。トランプの勝利で一段と深まった自由民主主義の危機にとっての最大の脅威は、ファッショ化した大衆などではなく、それよりはるかに多く広範な市民がリベラリズムに幻滅し、政治に背を向けてしまったことにある。

 

自由民主主義を殺すのは、目につく少数者の熱狂ではなく、より直接的には、目立たない多数者の思考、行動、関与の停止である。自由や民主主義が人類の普遍的で崇高な理想としての輝きを取り戻し、また同時にすべての個人の生活で一定程度実質をともなって体感できるものとできないかぎり、無知と無関心が広がるなかリベラルの敗走がつづきかねないことをトランプの勝利は示している。

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