2017年2月2日

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Post-Truthという政治はどこからやって来るのか

塩田潤(ReDEMOS / 神戸大学大学院)
古谷千尋(ReDEMOS)


イギリスのオックスフォード大出版局は2016年12月16日に、 “Post-Truth” なる聞きなれない言葉を今年注目を集めた英単語として採用した。客観的な事実や真実が重視されず、感情に訴えかけることが重視される政治ということだ。たとえばイギリスでは、Brexit確定の直後に離脱派が自らの主張に間違いがあることを認めているという。またアメリカ大統領選における候補者の発言のファクト・チェックを行うサイトによれば、トランプの発言の半分近くがFalse間違いないしPants on Fireウソっぱちとされている。念のため言っておけば、民主党候補だったヒラリー・クリントンがこの2つに該当するのはわずか一割程度である注1

管見の限り、そうしたものへの対案は、結局のところ個人個人がリテラシーを高めるしかないといったものが多いが、本稿では、Post-Truthの背景にあるものとして、ネオリベラルな政治によってもたらされる政治的不満と民主的政治空間の消失という二点を指摘したうえで、それにいかに対抗すべきかを考えてみたい。

 

SNSの発達は問題の条件であれど原因ではない

SNSなど情報技術の発達は、しばしばPost-Truthの背景にあるものとして語られる。これらの技術は、それまで権力者やメディアといった一部の人々だけが持っていた情報発信能力を草の根のものとした。その意味で、今や誰しもが情報の発信者となれるし、ごく一部の人はそれを生活基盤にさえしている。そして情報発信者の増加は、流通する情報の質を必ずしも担保しないどころか、事実に基づかない情報やデマ情報の流通の可能性を高めうる。

とはいえ、情報技術の発達はただの社会的素地なのであって、手段の社会化が直接的に“Post-Truth”と呼ばれる時代を作り上げたわけではない。では、こうした社会的素地を条件としつつ、Post-Truthという政治は、どのように生じているのだろうか。本稿で指摘したいのは、市場原理の徹底と国家の役割の縮小を目指すネオリベラリズムの蔓延と、それを放置するどころか、むしろ推進さえしてきた政治・経済エリートによる分断統治が、Post-Truthの政治なるものを生み出した大きな要因ではないかということである。

 

格差の拡大が生む政治的不満

まず、現代社会の政治的不満を取り上げたい。この要因となっているのは格差の拡大で、経済学者ピケティらによる研究によれば、アメリカの所得者人口において底辺から50%の人々の非課税所得増加率は過去30年間で0%であるのに対し、上位1%の人々の所得は同じ時期に300%も増えているという注2。背景には1980年代以降の公営部門の民営化、労働市場の柔軟化に加え、金融市場の拡大といったネオリベラリズムの政治がある。

このような状況にもかかわらず、オバマも含めた政治エリートたちは、個人の尊重平等を唱えながら、この経済格差に対処することができず、結果的にネオリベラリズムの徹底化をすすめてきた。明白な経済格差という現実に背を向け続ける少なくともそう認識されている政治エリートたちに対して、人びとは多かれ少なかれ政治的不満を鬱積させてきた。

ここに、Post-Truthの政治が入り込むスキが生まれる。ひとつは社会の下からの流れである。例えば先のアメリカ大統領選において多く拡散されたフェイクニュース(fake news)を垂れ流し続けたのは、マケドニアの10代の若者たちが金儲けのために運営していたニュースサイトであった注3。根拠のないデマを一般ニュースと並列化させて商品化してしまうのは、ひとえにそれが低コストでリターンが大きいからに過ぎない。そしてもうひとつ、社会の上から降りかかるPost-Truthの流れがある。情報発信の社会化や人びとの政治エリートへの反発をいいことに、自らの求心力を高めるために ――自らのルサンチマンの解消やナルシズムの肯定ために―― それらを利用する独裁者気取りの存在を忘れてはならない。本来、経済格差や不平等から生まれた政治的不満を根拠のないデマ情報を使って他者多くの場合それは社会的弱者であるを貶めることで、解消させようとするのがPost-Truthの政治の本質である。

いまやデマやフェイクニュースは、金儲けの道具や不満のはけ口として、社会の下から突き上げられつつ、自己の欲求を満たしたいがための道具として社会の上から降りかかる。すでに私たちは、総理大臣が自らのFacebookにおいて、それこそ一般市民が集ってつくりあげた醜悪なデマサイトを拡散するという事態を目の当たりにしてしまっている。まるで他人事かのようにかの国を眺めることはできないだろう。

 

民主的政治空間の消失

次に、ネオリベラルな政治がもたらした政治空間の解体を見てみたい。その最たるものが、リベラル政党を支えてきた労働組合の解体である。これに加え、市場原理に基づいて公共施設、公立学校、地方新聞など、市場競争において生き残れないコミュニティや媒体は次々と駆逐されていった注4

本来こうした草の根の民主的政治空間は、地べたからリベラル・デモクラシーを鍛え上げつつ実践する道を開くものだった。かつて水俣病をめぐり、あきらかにチッソに原因があるにもかかわらずまだ結論が明らかでないからということにして汚水を流し続けていたことからも明らかなように、デマやプロパガンダなどは昔からどこにでも存在したし、かつそれは欧米だけに限った話でもない。それでも、自らの利益や不利益を共有し、熟議のなかで声をつくりあげ、政治的に表出するような組織や社会関係のあり方は、そうしたデマやプロパガンダの政治に対抗しつつ、真っ当な言説を維持する基盤となっていた。

しかしそのような空間が失われつつある今、 Post-Truthの政治は箍が外れたように湧き上がっている。発信者の顔も名前も見えない、それゆえに無責任であれる言論空間のなかで情報が奔流し、他者と意思や意見を共有できないなかで、情報選択の判断が自分たったひとりに委ねられる。メディアを信じるなという声が多くある一方で、目の前にはわかりやすく、キャッチーで、都合のいい物語がある。

 

Post-Truth時代の政治・文化対抗

Post-Truthの政治は、社会の上下双方から攻撃を仕掛けてきて、かつその歯止めとなる民主的政治空間も解体されつつあることを本稿で述べた。この政治は、ネオリベラリズムの蔓延に根差す政治的不満を一つの重要な資源とする、ある種の文化的対抗と言える。では、Truthの政治を再構築するための鍵はどこにあるだろうか。

まず、いまPost-Truthの時代においてこそ、この数十年の間に失われた草の根の民主的政治空間を再び創り上げていかなければならない。そしてその空間は、他者と共に考え判断していく関係性に基づくものである必要がある。家族や隣近所、地域社会、サークルや学校など、自分の身の回りにある環境をいかに組み替えていくかが問われることになる。とくに会社などでは労働組合をいかなるかたちで復権させるかが重要となる。

この点について、デモなどのような路上での出会いといったものも大切だと考えられる。バーニー・サンダースの選挙キャンペーンにおいて特徴的だったのは、オキュパイ運動という草の根の民主的政治空間のなかでつながりあった多様な人びとがその原動力となっていたことだ。そして情報技術の発達がこうした行動に際し大きな役割を果たすことは、オキュパイ運動やアラブの春、あるいは日本における反原発運動がすでに示している。たしかに情報技術の発達はPost-Truthの地盤となった。しかし、多様な人びとが議論を交わすことのできる草の根の民主的政治空間の再構築のために、こうした技術を用いることだってできる。

何より、人々の政治的不満をデマ情報によって回収する、悪魔的とさえいえるこの政治の資源を断つには、ネオリベラルな統治の道を捨て、中間層以下の下流化を食い止めるボトムアップの社会構造を築く政治が必要だし、それは可能だ。社会経済構造が変容し、ネオリベラリズムによって剥き出しの個人主義が露わになったとしても、それがデマや差別主義にもとづくPost-Truthの政治への支持に直結するわけではない。あらわれ方については、たとえばサンダースのような民主社会主義のようなかたちをとることさえある。この点について、トランプの勝利の背景に格差の拡大といった状況に加えアンチ・リベラルの潮流があることからも、信頼を失ったリベラルの責任と課題は重いと言える注5

多くの論者が指摘するように、即効性ある万能薬は少なくとも現時点では存在しない。やはり末長く複雑に絡まりあった諸要因を見極めながら、少しずつ組み替えていくしかないのだろう。しかしこれまでの議論で確認してきたことから明らかなことは、問われているのはとりもなおさず民主主義の体力であり、それを地に足のついたかたちで復権させなければならないということだ。すなわちここにきて試されているのは、自由や民主主義といった人類が歴史的に積み上げてきたものであることはもちろん、未来へ向け理想を擁護する私たち自身でもある。

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