2017年2月2日

トランプ_対岸の火事_アイキャッチ画像_2

トランプ大統領は日本にとって対岸の火事なのか

古谷千尋(ReDEMOS)


ミソジニーやレイシズムにもとづく差別発言を繰り返し、政策実現性が多く疑われたドナルド・トランプが、ついにアメリカ大統領に就任しました。すでにTPPからの離脱を表明し、他方で新しい二国間協定を画策しているなど、これだけでも目が離せない存在です。ここでは、基本的なところをおさらいしたいと思います。

 

トランプ勝利の背景にあるもの – 大切なのは支える仕組み

まず、トランプの勝因としてしばしば指摘されるラスト・ベルト錆びついた工業地帯とは、いったいどういうところなのか、見てみたいと思います。ラスト・ベルトは、かつてアメリカが大量生産システムを経済成長の基軸として採用していた時代に、製造業の興隆の波に乗りながら、白人男性の安定雇用と賃金を保障していたエリアです。特に有名なのが自動車産業で、ゼネラル・モーターズGMやフォード、クライスラー当時といった大手企業が製造拠点としてきました。

しかし1960年代末ごろから、この繁栄に陰りが見えてきます。その大きな要因は国際競争力の相対的な低下で、日本車の普及などによってアメリカ車が売れないなどの事態が生じました。何より脱工業化やグローバル化といった世界経済の流れのなかで、工場の国外移転などが進みつつ、成長部門は製造業からサーヴィス業へ移行していくと、IT産業は栄える一方で、この工業地帯の雇用は大きく危ぶまれることとなりました。ここにロボット技術の成長が拍車をかけます。ラスト・ベルトの現状を伝える多くのルポタージュ記事は、賃金の停滞や雇用の劣化、将来への展望のなさといった現地住民の生活・政治不満を伝えています。

 

こうした不満を政治の俎上に乗せ、人種や性別といった文化的な対立へとすり替え、支持を集めたのがトランプであると言っていいでしょう。これまでアメリカを支えてきたにもかかわらず、今や自分ではどうしようもない構造レベルの問題で見捨てられ、それなのに税金は自分たちでない、他の貧困層、エスタブリッシュメントや違う人種に向かっているかのように見える。政治は〈あいつら〉ばかりで〈われわれ〉を助けてくれない--こうしたストーリーを提示し、ラスト・ベルトの政治不満を、その差別主義的な言説を介しつつ回収したということです。そのうえでトランプは、全体としては低い得票数ながらも、選挙人団制度のうえで勝つこととなったのです。

自由や民主主義を傷つける恐れの大きいトランプの台頭・勝利の重大な背景として中間層の疲弊/没落があることを見逃してはなりません。実のところ、予備戦で敗れた民主党候補のサンダースの台頭も、やはり格差の拡大といった状況がもたらす政治不満を養分としていました。そして、民主主義を傷つけた原因を修復するためには、疲弊した中間層を支える仕組みが求められています。トランプ的な分断の政治に対抗することを真剣に考えるのならば、いま必要なのは、社会の多様性を前提とした上で、個人を尊重し、公正さにもとづいた再分配政策によって、みんな、とくに疲弊した中間層を支える、具体的な制度の構築でしょう。

 

アメリカ社会の分断 – グローバルにつながる人々

さて、大統領に就任したにもかかわらず、トランプの支持率は就任直前で40%ほど。これは歴史的な低さであると言えます。政治不満をアンチ・リベラルが回収しつつも、かといってラスト・ベルトが大挙してトランプへと押し寄せたというわけでもなく、政治勢力としてのリベラルがラスト・ベルトの政治不満に対処できず棄権されるなど、トランプの勝利の背景に多数の積極的な支持・参加があったわけでもないのです。

アメリカ社会の分断は明らかです。本来であれば選挙によってもたらされた分断を癒し、国民の再統合を演出するはずの大統領就任式でのスピーチにおいて、トランプはアメリカン・ファーストを強調しながらも、最後までアメリカ社会の多様性を語りませんでした。その一方で、巨大な反トランプ運動の流れが起きています。

この反トランプ運動の流れ自体は、日本も含む世界各地で広がりを見せています。先日、ウィメンズ・マーチWoman’s Marchという運動が世界各地で起こりました。女性を掲げたデモであったにもかかわらず、今回のデモには性別・人種を超えた多様な参加者がつながり、反トランプと当然のように接続しながら、世界中で空前の盛り上がりを見せました。

 

トランプ的なものが女性の人権を虐げるのはもちろんですが、それは人間一般の権利をも脅かすものであります。それゆえに、セクシズムを露悪主義的に前面に出したトランプへの対抗、すなわち人権を保障せよという、当たり前の理想や理念による対抗は、それ自体によって、人権の擁護を求める市民たちのつながりを可能にしているのです。この市民の連帯は当然、グローバルな広がりを持つものです。

社会経済構造の変容を背景としつつアンチ・リベラルをバネに生まれたトランプ後の世界では、多様な人々をつなげ、共に歩んでいくための、地べたからの理想・理念の復権が必要になります。このとき、わたしたちみんなの権利のためにこそ女性の権利について真摯に考えなければならないことは論を待ちません。そしてトランプ以後の世界は、そのように足元から再建された理想や理念を介した新しいつながりが、喫緊の要請として模索される世界でもあるのです。

 

これって対岸の火事? – 支えあう社会へ

最後に、トランプの勝利は、日本にとってまるで他人事ではないということを改めて指摘して終わりたいと思います。その差別主義発言がずいぶん問題となりましたが、当の日本は2016年度日本のジェンダーギャップ指数は111位と先進国のなかでも明らかに低く、インターネットではしばしばヘイトスピーチが散見されます。

脱工業化やグローバル化といった世界的なトレンドのなかにあり、日本もアメリカや西欧諸国の直面する危機のリストを少なからず共有しています。格差の拡大は急激に進んでおり、相対的貧困は6人に1人と、アメリカに次ぐ高さです。非正規雇用や派遣労働が増大し、ブラック企業が幅を利かす一方で、落伍者には自己責任が説かれています。

対岸の火事どころか、状況だけみれば、日本はトランプ先進国であると言っても過言ではありません。日本ではTPPなどを典型に対米追従型の外交が長く問題となっています。そして女性の権利を損なわれながら、若者の貧困が自己責任へとすりかえられていることを思えば、今わたしたちこそ、トランプ的なものについて考えなければならないことが分かります。

 

この先、日本、そして世界が分断の社会に進むのか、それともお互いに支えあう社会に進むのか、強く問われています。トランプの勝利の背景にあるものは徹頭徹尾、日本の話でもあります。そして、グローバルな連帯の要請という点について日本が出遅れているわけでは決してないことは、これまでの日本の路上の政治が示している通りです。

関連記事:

Post-Truthという政治はどこからやって来るのか

塩田潤(ReDEMOS / 神戸大学大学院) 古谷千尋(ReDEMOS)

Post-Truthと言われて久しい。しかし、それが何であるか、どうして発生して、どう対処すればいいのかについての議論が蓄積されているとは、あまり言えない。ここでは、その背景としての新自由主義がもたらしたものに注目たうえで、それに対抗すべく、労働組合をはじめとした「民主的政治空間」の現代的復権が必要であると考える。 » 本文を読む

| アメリカ大統領選

全5回―
米大統領選レポート Part-5
トランプ政権は何をもたらすのか

米大統領選レポート最終回である今回は、アンチ・リベラリズムの統治が何をもたらすのかについて。トランプ政権は今後、ロシアや中国のような寡頭支配を後追いする可能性が高く、このせめぎ合いに日本も巻き込まれることになりかねない。「右傾化のステルス作戦」に惑わされない、グローバルな連帯にもとづくリベラルの運動が求められている。 » 本文を読む

2017年1月17日 | アメリカ大統領選

トランプ大統領を考える
ポピュリズムっていいもの?悪いもの?

2017年1月29日 (日) OPEN 17:30 / START 18:00 LOFT 9 Shibuya

1月20日に、ドナルド・トランプ氏がアメリカ大統領に就任します。大統領選では過激な差別主義発言を行い、政策実現性を多く疑われていたにもかかわらず、彼は勝利したのです。一体どう考えればいいのでしょう? いまアメリカや世界で起きていること、そしてトランプ以後の世界について、「ポピュリズム」を手がかりに考えます。 » 本文を読む

全5回―
米大統領選レポート Part-4
トランプはなぜ勝利したのか

第四回となる米大統領選レポートは、トランプの勝因について。トランプのアンチ・リベラルの分断統治の手法は、一部の熱狂と少なからぬ保守層の黙認をもって迎えられた。その一方でクリントンは、リベラリズムに幻滅し、政治に背を向けた市民の票を接戦州で取りこぼしてしまった。自由や民主主義といった理念への信頼の回復が急務である。 » 本文を読む

2016年12月28日 | アメリカ大統領選

ミソジニー(女性に対する嫌悪・偏見)ってなに?
トランプの勝利が明らかにしたこと

アメリカの大統領は国内の統合の象徴としての意味合いをもっています。しかし、数々の女性蔑視的発言など、ミソジニーを体現する候補であったドナルド・トランプが、大統領選で勝利しました。アメリカ社会の根強いミソジニーが露呈した今回の大統領選を、私たちはどのように捉えればいいのでしょうか? 日本も決して他人事ではありません。 » 本文を読む

2016年11月21日 | アメリカ大統領選 | 女性の権利

全5回―
米大統領選レポート Part-3
大統領選挙・集会についてのレポート

第三回となる今回の米大統領選レポートは、大統領選挙の集会について。激戦州では共和党・民主党のどちらが勝つか読めないため、大規模な遊説がしばしば行われる。今回は、多様な意見の尊重を説くオバマ大統領の応援演説、「団結」を呼び掛けるヒラリー、そして疲弊した元中間層の不満をすくいあげようとするトランプの集会にそれぞれ注目する。 » 本文を読む

2016年11月9日 | アメリカ大統領選

全5回―
米大統領選レポート Part-2
トランプ・サンダース現象をどうみるか

米大統領レポート、第二回は「トランプ・サンダース現象」についてこれまでの大統領候補とは明らかにタイプの異なる両候補の登場は、アメリカ政治の変動を思わせる今回は、①新自由主義的政治による格差の拡大、②党派性の衰退、③オバマ政権への反動、の三点から、この現象を考察する » 本文を読む

2016年11月8日 | アメリカ大統領選

全5回―
米大統領選レポート Part-1
選挙情勢・大統領選挙についての解説

世界の政治に大きく影響を与えるであろう今回の米大統領選挙。全5回 となる「米大統領選レポート」では、ReDEMOSメンバーが実際にアメリカに滞在し、11月8日に差し迫った選挙の行方を追っていく。第一回は、選挙情勢や大統領選挙の仕組みについて。日本のメディアではなかなか見えないアメリカ大統領選挙の動きを見ていきたい。 » 本文を読む

2016年11月7日 | アメリカ大統領選

米国大統領選・現地レポート
トランプ・タワー前インタビュー編

ニューヨークのトランプ・タワー前で、ヒラリー・クリントン候補のメール問題に対して抗議しているドナルド・トランプ候補の支持者にインタビューしました。「トランプはレイシスト?」 一見、答えが明らかなように思えるこの質問を、ReDEMOSはトランプ候補支持者にぶつけてみました。 » 本文を読む

2016年11月6日 | Re:TV | アメリカ大統領選