2017年1月17日

トランプ政権は何をもたらすのか_2

全5回
米大統領選レポート Part-5
トランプ政権は何をもたらすのか

中野晃一(ReDEMOS / 上智大学教授)


ネオリベラリズムの廃墟を覆うアンチ・リベラルの空気

アメリカ大統領選レポート第4回トランプはなぜ勝利したのかでは、グローバル資本主義が招いた荒廃がトランプ勝利の背景にあることを確認しつつも、労働者や困窮者が大挙して民主党候補のクリントンからトランプに乗り換えたというよりは、貧富の差を拡大させたネオリベラルな改革に加担してきたリベラルへの幻滅が、自由民主主義や政治そのものからの市民の離反をもたらし、そこにトランプによるアンチ・リベラルのヘイトやデマによる分断統治の手法がつけいる隙があったことを指摘した。

 

最終回にあたる本稿では、ネオリベラリズムの席巻が無知無関心に支えられたアンチ・リベラルの空気づくりを可能にしたことをふまえたうえで、トランプ政権の誕生によって推し進められるアンチ・リベラリズムの統治や、そしてさらには日本や日米関係への影響について考察を進める。

 

本来、リベラリズムとは、政治、経済、社会面のいずれにおいても個人の自由や自律を尊重し、そのために必要とあらば政府が福祉政策や市場規制によって介入するべきであるとする政治潮流である。リベラリズムは、第二次世界大戦以降、アメリカはじめいわゆる西側諸国あるいは自由主義陣営において政治の基調をなすコンセンサスの位置を築いていた。

 

しかし冷戦終盤の1980年代にイギリスでサッチャー首相、アメリカでレーガン大統領が登場してから、リベラリズムの行き過ぎによって個人が自立自助の精神を失い政府に依存するようになったとし、こうした隷従状態から個人を解放するために、政府の権限や介入を縮小すべきだというネオリベラリズムが、次第に自由主義陣営の政治の主流となっていった。

 

当初ネオリベラリズムは、すべての個々人の経済的な自由の拡張を標榜していた。しかし冷戦後のグローバル資本主義時代に突入すると、グローバル企業とグローバル・エリートの自由ばかりを最大化するイデオロギーとしての性格を明らかにしていった。直近のオバマ政権に至るまで、相当程度リベラルがネオリベラル化してしまったままで留まっていることが指摘されている注1

 

世界最古の民主主義国家、またリベラリズムの盟主であるはずのアメリカで、いかにしてトランプが当選できるほどまでにアンチ・リベラルの空気が広まったのかを考えるとき、こうしてネオリベラリズムが蔓延し、その帰結としてグローバル企業による政治、経済、社会の支配が大きく進んでしまったことを無視することはできないだろう。

 

最も直接的な作用としては、グローバル資本主義の猛威により、トクヴィルの洞察以来知られるアメリカのリベラル・デモクラシーの基礎としての草の根の政治文化や共同体が破壊されてきたことが挙げられる注2。公教育が荒廃し、地方紙も衰退、共同体の存続さえ危ぶまれるような状況が生じ、そこにトークラジオやFacebookなどを通してニセ・ニュースfake newsや陰謀論が野火のように広がるところとなった注3。そのなかには、単に金もうけ目的で政治信条とは無縁にニセ・ニュースを量産しつづけたアメリカ内外のサイトがあったこともわかっている注4

 

ポスト真実の情報戦には、白人至上主義の極右ヘイト勢力のみならず、選挙戦の最終盤ではクリントンを狙い撃ちにしたFBIが参戦、さらにはロシアの関与までもが指摘されている。このことをもって、ネット上でこの選挙は、KKK白人至上主義機密結社のクー・クラックス・クラン、KGBプーチンの出身母体である旧ソ連の秘密警察、FBIのすべてが同じ候補トランプを支持した選挙として記憶されるだろうという冗談とも言えないコメントが盛んにリツイートされた。

 

実際のところ、ハードコアのトランプ支持勢力に、アンチ・クリントンやアンチ・リベラルという逆張り以外の共通点を見出すことは難しい。では、アンチ・リベラルのみを結節点としたトランプ政権による統治というのは、いったいいかなるものとなるのか。

 

リベラル世界は終わりを迎えるのか

第二次世界大戦後70余年、そして冷戦の終焉から四半世紀余りの2017年、第一次世界大戦後の20世紀を規定したリベラリズム、ファシズム、共産主義の争いを勝ち抜いたと見られていたリベラリズムの盟主アメリカにおいて、アンチ・リベラルの一点を求心力にトランプが政権掌握に至ったことは、リベラル世界自由主義陣営西側諸国といったこれまでの国際政治の概念枠組みが破綻してしまったことを意味する。

 

共産主義イデオロギーの崩壊後のロシアや中国に、軍や超富裕層・財界と癒着した統治エリートによるオリガーキー寡頭少数派支配が、ナショナリズムや排外主義を隠れ蓑にして権力基盤を確立したことを、今度はトランプ以後のアメリカが急速に後追いしかねないことを私たちは直視しなくてはならない。

 

実際には、グローバルな規模での寡頭支配の進捗はトランプ以前からアメリカを侵食してきたわけだが、いまだかつてないレベルで富豪や将軍の入閣が予定されているトランプ政権の高官人事が明らかにするのは、トランプのアメリカがオバマのアメリカよりもプーチンのロシアや習近平の中国に似かねないということである注5。もし米中ロがからみあう第三次世界大戦というようなものが起きる事態になったとしたら、それは大義もイデオロギーもないオリガーキー同士のせめぎ合いになるという意味で、第二次世界大戦よりもむきだしの帝国主義のぶつかり合いとなった第一次世界大戦に似通ってくることになるだろう。

 

むろん、アメリカのリベラリズムが死に絶えたわけではない。リベラルな市民団体やメディア、そして民主党の抵抗と反転攻勢はすでに始まっている。トランプ政権や議会両院の多数派を占めた共和党のアンチ・リベラル陣営が、決して一枚岩ではないのも事実である。また、ロシアとの関係や自身のビジネスに関わる利益相反などで、就任前から民主的正統性や憲法や法律遵守上の多岐にわたる問題を抱えるトランプは、任期途中に弾劾される可能性もある。もしトランプに対する市民的不服従を暴力的に弾圧するようなことになれば、内戦一歩手前のような暴動を引き起こしかねない。

 

メキシコとの間の壁の建設、オバマケアの廃止、ムスリムの一時入国禁止など、トランプのアンチ・リベラルな公約は、当然のことながらすべてそのまま実現されることにはならないだろう。しかし、そもそもあまりに常軌を逸した公約を部分的にでも反故にすることは、責めとがめられるよりは現実主義になった穏健化したと安堵をもって迎えられ、その陰でレイシズム人種差別やミソジニー女性憎悪にもとづく差別的な政策は満額回答ではないにしても徐々に推し進められることになり、そうして漸進的にアンチ・リベラルなNew Normal新たな普通が規定されていくことになりかねない。

 

こうした右傾化のステルス作戦は、実は安倍政権下の日本でなじみ深いものである。そもそも違憲である集団的自衛権の行使を公明党との与党協議で限定的とすることによって穏当になったかのように演出したり、いわゆる歴史認識の問題や憲法改正に関しても、日本会議の主張をそのままストレートに推し進めることはあえてしないことによって意外とまとも妥当なところに落ち着いたと見せかけたりしつつ、気がついた時にはセンターラインが大きく右にずれているというわけである。

 

安倍政権は暴走から迷走へ

アンチ・リベラルの政治という点で先行していた日本の安倍政権を、トランプ政権の誕生によってアメリカが背後から一気に追い抜いてしまった感が否めないのだが、では、安倍政権、そして日米関係はこれからどこへ向かっていくのか。

 

2012年末、アメリカでオバマが再選を決めてまもなく自身も政権復帰を果たした安倍首相は、これまでの4年間、比較的リベラルなオバマ政権とむきあうことを余儀なくされてきた。歴史修正主義などのアンチ・リベラルな傾向を強くオバマに警戒された安倍は、アメリカを含めて対外的には、自由や民主主義、法の支配という共通の価値にもとづくリベラルな国際秩序の維持のためのより積極的な貢献という美名いわゆる価値観外交の下に、日本国内において立憲主義や民主主義を無視し報道や言論の自由を抑圧しつつ、集団的自衛権の行使容認や武器輸出推進への転換などの再軍備や、公約違反のTPP推進、沖縄県の民意を無視した辺野古や高江の新基地建設を強行してきた。

 

言い換えれば、日本国内からは安倍政権の暴走にしか見えないものが、国際協調主義にもとづく、積極的平和主義の旗印のもと世界の中の日米同盟へと日米関係を深化させるものとして正当化されてきたのである。この論理の大前提として、アメリカ=リベラルな国際秩序の守護神という、必ずしも現実にそぐわないが、それでも一定の信ぴょう性をもって流布されてきた見方があった。この論法は、安倍首相のアメリカ議会両院合同会議での演説、いわゆる安倍談話戦後70周年談話、そして直近では真珠湾でのスピーチのいずれでも繰り返されてきた。

 

しかし、トランプ率いるアンチ・リベラル政権の誕生によって、今やアメリカは国際秩序を破壊しかねないリスク要因に転じた。日本の対米追随の外交安全保障政策を自由や民主主義、法の支配の擁護の名で正当化し、国益に適うものと強弁する論理は完全に破綻してしまったのである。対米追随と言っても、オバマに追随するのとトランプに追随するのではまるで異なることが明白であるにもかかわらず、アメリカとの軍事同盟の深化ありき、この船を沈ませてはならないとまるでマストに自分を縛りつけることで沈没を防ごうとする船員の様相を呈している。

 

大国意識以外に何の大義もイデオロギーもないアメリカが、同じく単なるオリガーキーにすぎないロシアや中国とせめぎ合うことになっていくなかで、日本はトランプの駒として良いように使われ、また捨てられかねない。あるいはトランプがプーチンと組んで、対イスラムの全面的な宗教戦争に乗り出すような真似をしたとしても付き合わされかねない。太平洋をはさんだ日米のリベラル勢力の連携を強め、ともにアンチ・リベラリズムの破壊に抗する運動を展開しつつ、軍事力によらない東アジアの平和と安定を模索する必要があるだろう。

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